食品マーケティングに潜む アントニーの詐術とは 「マーケティング」と「詐術」のアプローチを徹底比較

食品マーケティングに潜む アントニーの詐術とは 「マーケティング」と「詐術」のアプローチを徹底比較
公開日:2023年4月24日

最近、海外在住のYouTuberの女性が日本のメディアに取材協力した際、不当な扱いを受け、憤慨しているという動画を見ました。
彼女はコロナ禍のイギリスで、街中の様子を動画で紹介したのですが、たまたまクリスマス直後はスーパーが休暇をとるため、店休日直前となり、店内の棚は真っ白な品切れ状態になります。
これを日本のワイドショーが、あたかも「消費者が先を争って買い占めを行い、スーパーの棚から商品が消えてしまう『パニック・バイ(panic buy)』が起こったのだ」と報じたそうです。

現地の真実を知るYouTuberの女性にしてみれば、海外の消費者も冷静に行動しているという事実を紹介したかったのですが、情報発信する側が意図的に誘導操作した内容が真実のように取り上げられ、また視聴者がそれを鵜呑みにしてしまうことに心を痛めたのだと思います。
実は私にもスーパーマーケットの情報発信を依頼された際に似たような経験があり、非常に不快な気持ちになったことがあります。

残念ながら、このような発信者側に都合のよい記事は、ウェブ上にもたくさん散乱しており、多くの場合、ロジカル・シンキングの「帰納法」を使った「詐術」が用いられています。

今回は、この「詐術」がどのようなものか、また、私たちが本来行うべき「マーケティング」との違いについて解説していきます。



■ページビューを稼ぎたいメディアが使う『編集の詐術』

例えば、読者の皆さんに以下の質問を投げかけたいと思います。

『ジャガイモ、人参、玉ねぎ、豚肉』さて、これらの食材から、どのような料理を作ろうとしているのかメニューを推理してみてください。

如何ですか?統計の法則によれば、ほとんどの方は、その料理はカレーライスだと答えるでしょう。
もし、後からこれらの食材に追加して『醤油、みりん・・・』と付け加えると、「だったら、肉ジャガでしょう!後から言うなんてずるいよ!」と憤慨しますよね。これがメディアの使う代表的な『編集の詐術』というテクニックです。

ほとんどの人間は、一つの情報を与えられると、結論はこうだろうと推察する思考のくせがあります。
さらに追加して、いくつかの断片的な情報を提供することで、その推察を自分の頭の中で補強してしまい、他者から与えられた情報のはずなのに、あたかも自分自身が考え、導き出した事実のような錯覚を覚えてしまいます。
このように他人の思考を決まった方向へと導く恣意的な方法のことを扇動といいます。

メディアには最初から持っていきたい話題の方向性があって、記事にするために必要な素材をかき集め、それを正当化するために都合のよい情報だけを散文的に読者に伝え、自分たちに都合の悪い情報はわざと明示しないという手法をとります。

これは「アントニーの詐術」といって、シェークスピアの作品「ジュリアス・シーザー」の中でアントニー(アントニウス)が使った大衆扇動手法として、山本七平さんの著書『ある異常体験者の偏見』の中で紹介されています。

 

■マーケティングと詐術の違い

マーケティング活動における本来のパブリック・リレーション(PR)は、正確な情報をステークホルダー(利害関係者)に伝え、良好な信頼関係を築きあげることを目的としているはずです。

そういう意味では、作為的なメディアは、なぜ詐術を使おうとするのだろうかという素朴な疑問が湧いてきます。

また、マーケティングだろうと、それが詐術を用いた広報活動であろうと、集客するという点において、何の違いがあるのだという疑問をお持ちの読者もいらっしゃるかもしれません。

経営学者のピーター・ドラッカーは、著書『マネジメント』の中で「マーケティングの目的は、顧客について十分に理解し、顧客に合った製品やサービスが自然に売れるようにすることなのだ」と定義しています。

この点が誘導操作によって視聴率やページビューさえ高くなれば評価されるというメディア側の視点と、顧客の行動を予測して利潤の最大化を図ろうとするマーケティング活動とで、大きく異なっている部分だと思います。

食品小売業の知識や見識がなく、現場の真実を知らない編集者であっても、注目を集める記事はテクニックを駆使さえすれば作ることができるのですが、ドラッガーの言う顧客に合った製品やサービスを売れるようにすることはできません。一時的な打ち上げ花火のように瞬間的に注目を浴びることはできるかもしれませんが、息の長いビジネスには繋がりません。

メディア戦術は経営戦略の一部として内包されていますが、それが詐術によって注目を集めた記事であれば、現場の真実とは乖離が大きく、当事者である食品メーカーやリテーラーに対し、長期的な恩恵をもたらすことはできないのです。
また、冒頭にご紹介したYouTuberの女性のように社会の役に立ちたい、そのための情報発信をしたいという「利他の精神」に立って考えると、発信された情報を使えば消費者が喜び、企業も適正な利潤を得られることに繋がるのですが、詐術によって提供された情報では、ベクトルの方向性が異なるため、社会に貢献することは難しいと言えます。

このように詐術による広報活動が限定的な効果に留まってしまうことに対し、正当なマーケティング活動によるパブリック・リレーションは、その情報が社会に実装でき、且つ活用する効果によって消費者や生産者、流通事業者に長期的な恩恵をもたらす可能性が高いという点に違いがあります。

 

■似て非なる行動マーケティング

最後にマーケティングも清廉潔白という訳ではありませんので、手練手管を使ったテクニックを一つご紹介しましょう。

例えば、『親切なノウハウ提供』という媒体を借りたメディア広告には、必ずと言っていいほど、「プライミング効果」が盛り込まれています。プライミング効果とは、事前に見聞きしたことが、その後の判断や行動に影響を与えるという心理的効果のことです。

目を閉じ、クリスマスの夜、ご自宅のディナーを想像してみてください。
食卓には何色が映えて見えますか?(たぶん、赤や白ではないでしょうか?)
テーブルにはどのような料理メニューが登場していますか?(七面鳥ではなく、たぶん、手で摘まめる揚げ物)
その隣には、黒いシュワシュワした飲み物が見えませんか?(ほら、炭酸のアレですよ!)
その炭酸水を美味しそうに飲み干す赤い服を着たおじいちゃん!

 

■なぜクリスマスといえば「コーラ」と「フライドチキン」なのか?

実はサンタクロースは昔から白髭のおじいちゃんという固定のキャラクター像ではなかったのです。

1931年に米コカ・コーラが大柄で赤い衣装をまとった白ひげのサンタクロースを広告のアイコンとして登場させてからサンタクロース=赤い衣装を着た白髭で太った眼鏡のおじいちゃんというイメージが確立されました。
これが2023年になった現在でも続いているのですから驚きです。

さて、今日はクリスマスの聖夜です。今晩くらい幸せな気分に浸ってみたいと思いませんか?
あなたの部屋は照明が落とされ、キャンドルの灯りが揺らいでいます。そこにそっと平和の使者がやってきました。

疲れた彼を待っていたのは、その家の住人が用意してくれていたチキンとコーラ。美味しそうに食べています。
そう、そのサンタクロースとはあなたです!幸せの連想の先には、あなたがいるのです!そのCMを見たあなたは、「あぁ飲みたい!今すぐコーラを飲みたい!」キッチンの冷蔵庫に向かいます。ですがリビングに戻ると「あれ?なんでコーラを飲んだのかな?本当はビールを飲むつもりでいたのに」。

なぜ選んだのかが分からない無意識の購買行動、そこにいないはずの誰かに操られたかのようにコーラを飲まずにはいられない衝動に突き動かされています。それがプライミング効果の恐ろしいところなのです。

クリスマスシーズンには街中で、テレビで、家の中で、愛の象徴であるサンタクロースのおじいちゃんを見かけますよね。つまり、毎年、脳内は自動的にコーラを起想しているのですから、しょうがない訳です。
でも、コーラとチキンを口にしたあなたは、CMのサンタのような幸福な表情を浮かべていませんか?それもまたプライミング効果の素敵な作用なのです。

記事:サカイケイチロウ 中小企業診断士/経営学修士(MBA)


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